Miyabi Lifestyle Blog

M.P.C ~it's not fan to be life. ~

無題


一人で寂しいや孤独を紛らわせる為に

機会がスマートフォンが誕生しているわけではない

何かに依存するという事は

自分の中の何かを欠落するという事。


考えなくなってしまっている

何も感じなくなってしまっている。


そのうちロボットより人間の方が感情を表に出さなくなってしまうのではないのかな。


表情を豊かに設定すれば拒む感情はないロボットは自然と感性などの機能がAIによって養われていく。


だが、逆に人間はどうだろう。

便利になっていく反面、
辞書という書物は使われなくなり
表情を使わなくても絵文字で表現でき
コミュケーションを取らなくても携帯がある。

歩けないなら歩かせてくれる
行きたくないなら届けてれる
呼びたくなかったら来てくれる。

側にいなくても機会が側にいる。

機械が豊かになるのに人間の心が豊かにならなくなってきている気がする。


もちろん僕自身この便利な世の中にお世話になってる側であるし、かなり感謝している部分もある。

遠くの誰かと一瞬で繋がれる技術は正に世紀の大発明だ。


だが、利便性や合理性を追求すればするほど人間の心は失われていく気がするんだよねぇ。

今や、考え方を根本的に変えないといけないのかもしれない、これからの時代周りと違うやつが周りと違う価値観と考え方をもっと表現していきそれが形となっていく時代なのかもしれない。

要するに
「僕ら人間は立てるはずの足をわざわざへし折ってる」

という事を言いたい。

もちろん賛否両論だ。
それで良いと思う。

不意に考えてしまう、究極に追い込まれストレスで吐きそうになればなるほど、深い深いどこかに落ちて行くんだ。
けれど、それは静かな闇であり自分を見つめ直し環境を強制的に見せているものではないのかなと感じる。

常に矢印は自分に向き続ける。

人生なんて本来ならクエッションマークの連続です。

だから、好奇心が生まれ新たなものが生まれるものである。


僕は宗教とかは信仰しないが
もしこの世に神さまと呼べる何かがいて
他の動物にはないものを
人間に一つだけ「力」を与えたのであれば
それは
「脳」だと思う。

このブログを真剣に読んでくださる方が
もしこの世界中に一人でもいるとしたら
そこのあなたに言いたい。


その「力(脳)」の使い方を誤ってはいけない。


別にあーしろこーしろとは言わない。

疑問を投げかけられた時に答えられるだけの頭脳を持ち合わせている生物はこの地球上には限られています。

なんとなくなんですが、もっとこの頭脳と呼ばれる力をフル活用できる方法があると思う。

脳科学とか定義されたものではなく、ないものに仮説を立てて実証せずに自分の中で立て続けて行ってみるとどうなるのかなって。

つまり「あり得ない」なんてものは「あり得ない」を実証していくものでもあるのかもしれない。

超能力や身体機能の限界など、この狭い地球という星にでさえ”超人”と呼ばれる人間が存在しているという事を実感してほしい。


人間がより人間らしくならない為に脳を使っているのが今の時代でもある。


学習能力があるからここまで人間は信じられない偉業を成し遂げられてきました。

ということは以後の世界でも今は不可能と思われている常識なんて簡単に覆ってしまうんです。

この事を真剣に受けてみると、たった長い銀河系の歴史に比べて人間の寿命なんてたったの生きれて一世紀、100年ほどである。


だが、この星にも二十一世紀以上の歴史が存在すると言われている。

この時点で僕らの信じられないという常識なんてとっくに覆っているのです。


今ある

環境問題
人間関係
職場問題
恋愛事情
政治問題

様々な問題に晒されています。


人間とは何かに属し依存し、そこに自分の居場所や限界があると決めつけてしまう生き物です。


大きな目を大きな耳を大きな口で高らかに叫びあざ笑いながら、俺はこんなもんじゃない、私の人生はこんなもんじゃねーって心の底から思った人から変わっていくし、気付いていけるのかもしれません。



何ヶ月かに一回ある迷走ブログでした!


かなり稀な貴重な記事なのでww
無視して下さい笑

f:id:masaharu-nagan:20160528003138j:image

bey!!